リクエストアワーに向けて、その参。

雑音生活

リクエストアワーに向けて、その参。

「天龍」まで。

アルバムと絵本を作り終えて、ライヴをして、ほんの少し充電期間を経て、
鮫のレコーディングから制作再開でした。

鮫は原曲となる、音楽を初めて間もなく作った同タイトルの曲があり、
そこから自分のキーの幅が広がって、原曲ではもはや低い事やら、
改めて歌詞を見てみると稚拙すぎてなんじゃこりゃあの連続だった事から、
サビ以外の歌詞の見直し、Dメロの追加はしてはいるものの、
原曲の内容そのままを、あの時当時の自分でお送りする、
というチャレンジをしたものでした。

鮫は、アマチュア時代からずーっと歌って来た曲なのです。
この曲はわたしの歌に対する核(コア)であり、今後もずっとルーツになるのだろう。
曲を作った10代の時にそう思いました。

メグライオンのクレマチスは音楽を始めるまでの歌だと書きましたが、
メグがあの曲で終わるのならば、
音楽をはじめ、表現手段として音楽を選ぶきっかけになった自分のルーツ曲をリリースしたかったのです。

鮫のリズム録りの時に、零のタイアップが決まったという報告を受けました。
鮫の次に蝶を書き、
蝶を書いている間に、映画「ムーンライトジェリーフィッシュ」への楽曲書き下ろしが決まって、
次に月を書いていました。

漢字1文字のタイトルが3つ続いたので、
もう全曲これにすればいいんじゃね?というノリでスタートした漢字1文字アルバム。

この作品はあえて「和」を強くイメージしました。

「海外の人が日本を意識して作った、ちょっと間違ってる感じ」という話をレコーディングの時に良くしてたなぁ。

鮫のサビ、転調後のバックに流れるギターのフレーズなんか、琴みたいだよね。

 

月は、仕事で外国へ行った親友を想いながら書いた曲。

彼女はわたしが戸倉氏と出会う2〜3週間ほど前に日本を離れたので、
わたしがデビューした事を人づてに聞く程度で、
どんな曲をリリースしたのか、どういう形態で活動しているのか、そういう情報は全く知らなかったはず。

会いたくなったらまた会えると思うんだよなと思っていたので、
彼女と連絡を取る事も、会いに行く事もしませんでした(忙しかったっていうのもある)

そんな彼女が帰国したのは天龍からのリカットとなったシングル月のリリースの頃。
フリーペーパーに月リリースに関するわたしのインタビュー記事が載っていて、
外国にいる友人の事を想って書いたというその内容を読み、
そうかそうかつっこにはそんなに大事な人が出来たんだなぁと嬉しく思ったそうなお前の事だよ

この親友が、わたしをつっこと呼びはじめた人。
この人に出会わなければ、歌うたい天野は存在しなかったと思います。

 

 

天龍のレコーディング、実はとても苦い思い出があるです。

もう時効だろうと思うけど。

 

アルバム発売2ヶ月半前と発売2ヶ月後にツアーを組んでいたのですが、

発売前のツアー(アルバム完成直前でした)で喉を潰し、
喋り声ですらまっっっっったく出なくなり(完璧にエアーだった。空気しか出ない感じ。でも喉は無痛なのですよ)
ポリープでもなく、結節でもなく、声帯がくっつかないほどぼーーんと腫れていただけで、大事に至らなかった事だけは幸いだったのですが、
あと数曲歌入れが残っていた状態で、声が出ないという緊急事態に陥ったのです。

一刻も早く完治させるにはどうすればいいのかと医者に尋ねたら、
とにかく声を出すなとアドバイスされました。

なので、

ストリングス録りや、追加ダビングなどの残り作業を先回ししてもらったのですが、
わたしは「スタジオに来ると絶対話してしまうから来なくていい。しっかり休んで早く治してください」と言われ、
2週間ほど自宅療養の日々でした(療養というか、むしろ謹慎のような気分だった)

もう二度とあんな経験はしたくないなと思います、、、、汗

あれ以来喉を完璧に潰す事はなくなりました。

  

天龍の制作は、
漢字1文字でイメージ出来るものを漢和辞書を眺めて探しまくった日々でもありました(笑)

剣という漢字があまり好きじゃないという理由で旧字体を選んだ。歌うとすっきりするよねこの曲。

は90度にしか曲がれないという事を知って、その鋭利な不器用さに惚れて書いた曲。

感情七号線でゾウガメを見た衝撃のままに書いた

うるさいというクレームぐらいしか隣人からは受けた事がないですが、そんな隣人にをしてしまったらどうやってお近づきになるのだ???という疑問から書いた曲。恋なんてストーカーと紙一重。ダサイ振り付け歴史のスタート地点。

勝新太郎さんがご自身のお兄さんの葬儀でお骨を食べて「これで兄貴とひとつになった」と言ったエピソードにインスピレーションを受け、わたしなら大事な人の骨をどうするだろうと書いた

は自分の中に眠る力のようなものだと思う。

は空模様を意識しているとの事。

についてはいろんなところで話してるから割愛する(笑)

小さくて可憐な虫である蝶の逆パターンになる大きな。象は多分怒ると怖い。ドシンドシン地響き付きで、雷伴う豪雨が来る。

は前述の通り。

自分を輝かせてくれる太陽であるバックバンドのみなさんを思いながらの太陽。火傷負わないように遠巻きでいたい(笑)

わたしの幼なじみを思って書いた

映画「Straight Story」と、漫画「西荻夫婦」にインスピレーションを受けて書いた。足跡かき消すそれもいいかな、という歌詞は年々沁みてくる。その通りだとあの当時の自分に伝えてあげたい。ずーっと歌っていける曲のひとつだと思う。

一見美味しそうに見えるけれど食べられない柑橘系の果物カラタチ。カラタチは、そんな食べられない果物を必死で守るかのように、枝に棘を張り巡らせて侵入者を拒む。そういう人っていると思うなと書いた曲

ちなみに、

当時の雑誌などに「天に昇る龍になぞらえ、それにあやかりたいというタイトル」的なとってつけたような事が書いてあった気がするけれど、
事務所に週プロが置いてあって、そこに天龍さんの名前が載ってて、龍って曲を書こうと思ってるし、自分天野だし名前に天入ってるしちょうどいいんじゃないかなと思ったというのが本当のところよ。

シャロンとメグは娘だけど、天龍は息子だと思うの。

 

天龍の頃、スタジオの機材をはじめ、音楽の録音形態がアナログからデジタルに変わりました。
太い音楽用のテープを回し、そこに録音していた時代から、
コンピューターに取り込んでハードディスクでバックアップを取る時代に。

スタジオのアシスタントエンジニアの方も、アナログの録り方が分からない人が増えて来た頃でもあって、

もうアナログ録音が基準じゃない時代になってしまったんだなぁという事を、
レコーディングしながら痛感したりもしました。

「天龍」までが完全アナログ録音の作品です。

 

当時のツアーリハ写真。バックライトが差していたから、影絵遊びしてました。

ツアーオブザドラゴン_ミニ

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