大人になってから、
救急車の音が嫌いになった。
小さい頃は別に何とも思ってなかったけれど、
救急車の中では、
誰かが生と死の狭間で戦っていて、
その光景を誰かが固唾を飲んで見守っている場合もあるわけで、
そういう、救急車の中で起こっている出来事を想像出来るようになってしまったからか、
これは怖い音だ、という風にふと身構えてしまうようになった。
自分の家の近所で救急車が鳴ると、心がざわざわする。
救急車や消防車、踏切のサイレンは、
音程をわざと狂わせていたり、わざとぶつけて不協和音にしている。
騒々しい場所でも、聞こえるように、だ。
2週間か3週間ほど前、
近所に救急車がやってきて、
走っていく音を聞いた。
ヘッドフォンをしていたが、しっかり聞こえた。
とても近所だな、うちの前の通り沿いだな、と思った。
うちの近所には八百屋さんがある。
70歳を越えるぐらいの老夫婦でやっている八百屋さん。
なんというかな、小さなブラウン管が置いてあるような、
まさしく「町の八百屋さん」って感じのお店。
良く行くお店なので、もうすっかり顔見知りだ。
良く行ってるのに、
金額以外の事で一言も口をきいてくれない寡黙なおじちゃんと、
今まで何度かぼちゃを買ったか分からないのに、
毎度毎度
「このかぼちゃは美味しいよ〜」と超絶おすすめしてくれるおばちゃんが経営してる。
2〜3週間前から、
その八百屋さんが、
シャッターを開けずに、ずっと休業したままになった。
救急車のサイレンが聞こえた日とほぼ同じ頃からだ。
毎日行ってるわけではないので、詳しくは分からない。
だからこそ心配した。
「何かあったんですかね??」
と隣のお店のおばちゃんに聞いてしまったぐらいには心配した。
しばらく休業する場合は、張り紙したりすると思うのね。
張り紙、なかった。
予期せぬ休業なのかと、そんな所も心配だった。
八百屋さんは、数日前に、やっと営業再開した。
仕入れが出来てない状態だったみたいで、
品揃えがとても悪かったけれど、
おばちゃん、元気そうにお仕事してた。
ずっと閉まってるから心配しちゃったですよ、と伝えたら、
すごい風邪をひいちゃったのよ、全然声が出なくなっちゃって。
もうね、2週間もお休みしちゃった(汗)
と笑ってた。
おじちゃんは相変わらず一言も喋らず、お店の巨大な冷蔵庫へ果物を出し入れしてた。
ああ、あのサイレンは八百屋さんじゃなかったんだなと、
ほっとひと安心したのだけど、
つまりは別の誰かだったって事なわけで。
救急車の音は嫌い。
普段すっかり忘れているとても近くに、
死というものが潜んでいる事を、
思い出させる音だから。
八百屋で買ったりんご。大変おいしゅうございました。