リクエストアワー2014に向けて、その壱。

雑音生活

リクエストアワー2014に向けて、その壱。

4月1日からリクエスト投票開始となる、
AMNリクエストアワー2014。

以前発売になった(今も発売中です)「爆音生活(※旧ブログ記事、ライヴや作品に関する2001年〜2008年までの記録集)」に非常に詳しく掲載はしているのですが、

みなさんの投票の何かの参考になればと、
ほんの少しずつですが、(しかも4月1日までに全部書ける気がしないですが)各作品のおもひでを振り返ってみようかなと思います。

 

◆「Sharon Stones」まで◆

約2年かけてゆっくり作ったファーストアルバム。

最初にレコーディングしたのはB.G.。
次にButter Fingers、HONEY?、ミサイル、Love Dealer、箱庭と続きます。

最初の1年は日々初めての経験尽くしで、
新しいものを吸収して自分のものにするのに精一杯でしたが、
レコーディングスタジオという場所には何故か珈琲が常設されてあるという事を知ったわたくし、
そこから珈琲を飲むようにもなりました(笑)

バンド経験もなく、ドラムに合わせて歌ったことがなかった当時のわたしは、
リズム感が本当に最悪で(笑)
なぜ一定のテンポの中で歌わにゃあかんのだ、という
クラシック畑の感覚全開のままで、
リズムに乗れるようになるために、
自分の曲のカラオケをポータブルプレイヤーに入れて、
同じテンポでひたすら歩いたり、ひたすら自転車を濃いだり、走ったり踊ったり、
そんな事をしておりました(笑)

さらに言えば、
マイクを通した自分の声に慣れず(それまでマイクなしで歌って来たからね)
歌入れの時にヘッドフォンから返って来る自分の声にも慣れず、
これを克服する為にヘッドフォンを購入し、ひそかに猛練習した事もありました。

腰より高めに構えた状態でアコギを弾いてたわたしが、
腰より低い位置でエレキを弾く練習をしたのも懐かしい。

「月ちゃんも(ギターの)位置けっこう低いよね」と低めに構えるじぇっとさんにも言われましたが、
どこまで下げるものなのか分からず、その身近な見本となったのがシャラさんだったので、
あの位置になってしもたのですよ(笑)

ギターはチューニングが狂う楽器だから歌のピッチが不安定になりがち。チューニングが狂わない楽器を持っておいた方がいいとお勧めされて、最初の電子鍵盤を購入したのもこの時期です。

 

劇団PORTの公演演目と同じテーマ「はじまりの終わり」を元に制作し、
曲と芝居を同タイトルにしようとの案を受け、
お芝居のタイトルが決まるまで「(仮)未定」のままだった箱庭

同じスタジオでレコーディングしていた外国人を掴まえて、
「エクスキューズミー、あのぅ『クモの巣で掴まえられた、わたしが欲しいのは揺るぎない愛だ』は英語で何て言うですか?」と突然聞いたにも関わらず事細かに教えてもらって歌詞が完成出来たステロイド

自分が歌っているメロディにはどのコードが正解なのか、コード探しに本当に苦戦したHONEY?

最初は3拍子で作っていたけど途中から4拍子に変更したカメリア

スタジオからの帰りのタクシーの中で、ワンコーラス分脳内作曲したB.G.
BとGを頭文字に出来る言葉を必死で探し、バスガイドもあるねと思ったB.G.。

Golden BoyとGolden Bunnyが浮かんだ瞬間に「勝った」と思った(←何に。笑)G.B.

そのG.B.からスタートした「カップリングは語呂合わせにしよう」というアイディアによって、ポタージュも一瞬脳裏に浮かんだ菩提樹

ガメラを想いながら書き、そりゃあ君の残した道しるべはデカイだろうよとしみじみ思った巨大獣

3月末日、4月のデビューを思い、友人たちへ書いたTreasure

春に発売するから春めいた曲がいいねと書いたPleasure

スナイパースパイダーは、雑誌などで表題曲が入れ違って表記される事の方が多かった記憶。

もしも青紫がシングルカットされた時のために「青で終わる2文字の漢字」縛りでタイトルを探した刺青

当時本当に間違い電話が多く、そういう事実が元になっているロビン

箱庭のカップリングが文字れなかったからボーナストラックとして追加した箱舟。(カメリアの何秒後に曲をスタートさせるか、すごい考えたなーこれ)

ライヴリハーサルのスタジオの鏡に映った自分たちを見ていたら、
男3人女2人で昔懐かしの戦隊ヒーローものみたいだなと思ったのがそもそもの出発地点だった秘密サークル

カセットテープは300円で販売したけど、原価が301円で、作れば作るほど、売れれば売れるほど赤字だった秘密サークル。

 

Sharon=(俗語)アバズレ

という意味があって、
自分の娘を、愛しているからこそ「どうしようもない娘なんですよ」と言ってしまうように、
本当に自信を持ってお届け出来る、1曲1曲が自分にとっては宝石のようだと思える作品になったからこそ、自嘲してこのタイトル(アバスレの小石たち)にしました、
と当時話した事は明らかにすべてただの後付けですが、

このファーストアルバムを作れた事を、今でも本当に幸せに思います。

 

シャロンジャケット撮影時のポラロイド。

写真のデジタル化が進む中で、どうしてもフィルムの質感にこだわりたいと、長い間フィルムで撮ってもらっていました。

Sharon ポラ
 

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